「私はうなぎです」ってどういうこと?|もこコトネと考える日本語の不思議
「私はうなぎです」ってどういうこと?|もこコトネと考える日本語の不思議
もこコトネ「先生……うなぎだったんですか?」
もこあい先生「違います。」
ある日の食事中、もこあい先生が言ったのは、
「私はうなぎです」
という一言でした。
文字どおり考えれば、
「私=うなぎ」のようにも見えます。
でも、食堂でこの言葉を聞いた人の多くは、
先生が突然うなぎになったとは思わないでしょう。
では、なぜ意味が通じるのでしょうか。
今回は、日本語を勉強しているもこコトネと一緒に、
「私はうなぎです」という不思議な文から、
私たちがどうやって言葉の意味を理解しているのかを考えてみます。
もこコトネ、先生がうなぎだと思う
その日は、もこコトネ、もこあい先生、健太、恵子の4人で食事をしていました。
店員さんが注文を聞きに来ます。
健太「ぼくはカレー!」
恵子「私は親子丼にしようかな」
そして、
もこあい先生「私はうなぎです」
もこコトネは、ぴたりと動きを止めました。
もこコトネ「……先生?」
もこあい先生「どうしたの?」
もこコトネ「先生って……うなぎだったんですか?」
もこあい先生「違います。」
健太は笑っています。
でも、もこコトネは納得していません。
もこコトネ「でも、『私はうなぎです』って言いましたよね?」
たしかに、その通りです。
もこコトネの疑問は、よく考えるとかなり鋭いのです。
「私は学生です」なら、私=学生
まずは、ふつうの文と比べてみましょう。
「私は学生です」
なら、
私=学生
と考えて問題ありません。
「私は先生です」
なら、
私=先生
です。
ところが、
「私はうなぎです」
まで同じように考えると、
私=うなぎ?
ということになってしまいます。
もこコトネ「やっぱり、おかしいです」
もこあい先生「文だけ見れば、そう感じるよね」
ここで大事なのが、
「文だけ見れば」
という部分です。
でも、食堂なら意味がわかる
もう一度、場面を思い出してみましょう。
ここは食事をする場所です。
そして、店員さんは
「何を注文しますか?」
と聞いています。
その流れで、
「私はうなぎです」
と言われたら、多くの人は、
「私はうなぎ料理にします」
あるいは、
「私はうなぎを注文します」
のような意味だと理解するでしょう。
ところが、
「注文します」という言葉は実際には言っていません。
もこコトネ「言っていないのに、どうしてわかるんですか?」
もこあい先生「そこが、今日いちばん面白いところなんだ」
同じ「私はうなぎです」でも、場所を変えたら?
ここで、同じ言葉を別の場所で使ってみましょう。
食堂なら
店員さん「ご注文は?」
お客さん「私はうなぎです」
これなら、
「うなぎを注文するんだな」
と理解できます。
水族館なら
では、水族館のうなぎの水槽の前で、
突然こう言われたらどうでしょう。
「私はうなぎです」
もこコトネは、しばらく考えました。
もこコトネ「……今度こそ、本当にうなぎかもしれません」
もこあい先生「人間が言っていたら、少し疑ったほうがいいかな」
文はまったく同じです。
でも、
場所が変わるだけで、受け取る意味まで変わってきます。
私たちは「言葉」だけを読んでいるわけではない
なぜ、食堂と水族館で意味の受け取り方が変わるのでしょうか。
それは、私たちが会話するとき、
言葉だけではなく、
- どこで話しているか
- 何について話しているか
- その前に何を話していたか
- 相手が何をしようとしているか
といった情報も一緒に使っているからです。
食堂で注文を聞かれている。
その前に、健太が「カレー」、恵子が「親子丼」と答えている。
そうした流れがあるから、
「私はうなぎです」
だけでも意味が通じるのです。
もこコトネ「日本語だけじゃなくて、周りまで見ていたんですね」
もこあい先生「そう。会話では、書かれていないものも大きな手がかりになるんだ」
こういう文は「うなぎ文」と呼ばれている
実は、
「僕はうなぎだ」「私はうなぎです」のような表現は、
日本語の文法研究でも取り上げられてきました。
代表的な例から、
「うなぎ文」
と呼ばれることがあります。
日本語学者の奥津敬一郎は1978年に、
『「ボクハウナギダ」の文法』
という著書を出版しています。
つまり、
「どうして『僕はうなぎだ』で注文の意味になるの?」
という疑問は、
ただの言葉遊びではありません。
日本語そのものを考えるきっかけになる疑問なのです。
もこコトネ「私の疑問、ちゃんと研究されるくらいの疑問だったんですね!」
もこあい先生「『なんで?』って、意外と大事なんだよ」
「省略されている」と考えれば、それで終わり?
「私はうなぎです」の背景には、
「私はうなぎを注文します」
「私はうなぎ料理にします」
といった内容があると考えると、
意味はとてもわかりやすくなります。
そこで、もこコトネが聞きました。
もこコトネ「じゃあ、言っていない部分を省略しただけなんですか?」
もこあい先生「そう考えると理解しやすいよ。でも、それだけで全部説明できるのかという議論もあるんだ」
「うなぎ文」をどう説明するかについては、
日本語研究の中でも、さまざまな考え方があります。
ですから、
「うなぎ文とは、長い文章を省略しただけです」
と一つの答えに決めつけるより、
「どうして、これだけの言葉で意味が伝わるんだろう?」
と考えてみるほうが面白いかもしれません。
ここで覚えておきたいこと
- 省略された内容を補っていると考えると理解しやすい。
- ただし、「うなぎ文」を単純な省略だけで説明できるかについては議論もある。
- 一つの答えを暗記するより、「なぜ通じるのか」を考えることが大切。
悪もこあい先生「では、私はプリンです」
そのとき。
黒と深い紫の服に身を包んだ人物が、
いつの間にか近くに立っていました。
悪もこあい先生です。
悪もこあい先生はメニューを眺めながら、
少し楽しそうに笑いました。
悪もこあい先生「なるほど。では、私はプリンです」
もこコトネ「悪もこあい先生まで食べ物にならないでください!」
悪もこあい先生「でも、ここが食堂なら?」
もこコトネは少し考えます。
もこコトネ「……プリンを注文する、という意味?」
悪もこあい先生は、にやりと笑いました。
悪もこあい先生「では、ここが魔法学校なら?」
もこコトネ「……本当にプリンになった可能性もあります」
悪もこあい先生「ふふ。言葉だけを信じてはいけないのよ」
もこあい先生「いや、そこまで疑わなくても大丈夫だよ」
少し極端な例ですが、
同じ言葉でも、使われる場面によって意味の受け取り方が変わる
というところは同じです。
実は、似たような日本語は身近にある
「私はうなぎです」だけが特別なのでしょうか。
身の回りを探すと、
似たような表現は意外とあります。
「私は305号室です」
ホテルで部屋番号を確認しているとき、
「私は305号室です」
と言うことがあります。
もちろん、
私=305号室
ではありません。
「私が泊まっている部屋は305号室です」
というような意味だと理解できます。
「私はコーヒーで」
何人かで飲み物を選んでいるとき、
「私はコーヒーで」
だけでも意味が通じます。
「じゃあ、私はそれで」
さらに、
「じゃあ、私はそれで」
だけでも会話が成立することがあります。
「それで何をするの?」
とは、普通はいちいち聞きません。
前後の会話からわかるからです。
もこコトネ「私たち、思っていたより全部は言っていないんですね」
もこあい先生「それでも伝わる。そこが会話のおもしろいところだね」
なぜ、私たちは毎回間違えないの?
ここでもう一つ、
もこコトネは不思議に思いました。
もこコトネ「でも、どうしてみんな間違えないんですか?」
「私はうなぎです」と聞いて、
本当に人間がうなぎだと思う人はほとんどいません。
「私は305号室です」と聞いて、
人間が部屋になったとも思いません。
私たちは、
- 文の形
- 前後の会話
- その場で起きていること
- 現実について知っていること
などを組み合わせて、
「この人は何を伝えようとしているんだろう?」
と考えています。
しかも、その多くを意識せずに行っています。
もこコトネは少し驚きました。
もこコトネ「日本語を読んでいるだけだと思っていました。でも、私、状況まで読んでいたんですね」
もこあい先生「そう気づくと、日本語がちょっと違って見えてこない?」
もこコトネは、少し笑いました。
もこコトネ「はい。難しいというより……ちょっと面白いです」
この考え方は、国語の読解にも少しつながる
この話は、日本語の雑学だけで終わりません。
国語の文章でも、
一文だけを見ると意味がわかりにくいことがあります。
そんなときは、
- 前には何が書かれていたか
- 誰について話しているのか
- 今は何の話なのか
を確かめます。
つまり、
一文だけで決めず、前後を見る。
「私はうなぎです」で考えたことは、
そんな読解の感覚にも少しつながっています。
もこコトネ「うなぎから国語につながるなんて思いませんでした」
もこあい先生「『なんで?』の入口は、どこにあるかわからないね」
もこコトネの今日の「なんで?」
食事が終わったあと、
もこコトネはノートを開きました。
そして、今日気づいたことを書きます。
もこコトネの今日のメモ
- 「私はうなぎです」だけを見ると少し変。
- 食堂なら、うなぎを注文する意味だとわかる。
- 同じ言葉でも、場面が違えば受け取り方が変わる。
- 人は言葉だけでなく、前後の会話や状況も使って意味を考えている。
ノートを書き終えると、
もこコトネは最初より少し楽しそうな顔をしていました。
もこコトネ「日本語って、思っていたより面白いですね」
もこあい先生「そう思えたら、今日の『なんで?』は大成功だね」
まとめ|「変だな」は、日本語を楽しむ入口になる
「私はうなぎです」という文を、
文字だけ見れば少し不思議です。
ところが、
食堂で注文しているという場面が加わるだけで、
意味が自然に伝わります。
私たちは普段、
言葉だけを見ているわけではありません。
前後の会話や場所、相手の状況なども使いながら、
意味を考えています。
今回いちばん大切なのは、
「うなぎ文」という名前を覚えることではありません。
「なんで、これで意味が通じるんだろう?」
と立ち止まってみることです。
普段は何気なく使っている日本語にも、
考えてみると不思議なところがたくさんあります。
そして、もこコトネには、
もう次の疑問が生まれていました。
もこコトネ「先生。もう一つ聞いていいですか?」
もこあい先生「もちろん」
もこコトネ「『大丈夫です』って……YESなんですか? NOなんですか?」
もこあい先生は、少しだけ考えました。
もこあい先生「……それも、おもしろい『なんで?』だね」
どうやら、もこコトネの日本語探検は、
まだ始まったばかりのようです。
今日の“なんで?”を大切にしよう。
正解より、考えた道のりが宝もの。
参考文献・参考資料
- 奥津敬一郎『「ボクハウナギダ」の文法』くろしお出版、1978年。
- 奥津敬一郎「ウナギ文はどこから来たか」『国語と国文学』58巻5号、1981年。
- 野田尚史「うなぎ文という幻想―省略と『だ』の新しい研究を目指して」『国文学 解釈と教材の研究』46巻2号、2001年。
- 国立国語研究所「日本語研究・日本語教育文献データベース」。
訂正・追記履歴
2026年9月:
初稿作成。「うなぎ文」をきっかけに、言葉だけでなく場面や前後の会話から意味を考える仕組みを、もこコトネと一緒に考える記事として公開。











